社長のご挨拶

創業56年の工務店社長に就任して2年


19才から、わたしの本当の人生がはじまりました。

夢に向かって
小さな頃から叔父さんによくいろんな現場に連れてってもらい大工さんが鉋で木を削ったり・のこぎりで木を切ったり・金づちで釘を叩いたりとカッコイイな、と感じました。また家を建てる時は、クレーンの横に座って見ていた記憶もあり、休みになると何故か叔父さんと一緒にいる思い出ばかりでした。叔父さんってすごいなぁ~すごい仕事してるんだなぁ~いつか大工さんになりたいと思いました。これが私の夢への始まりでもあり・・・・

~時も過ぎ~
小学生の時は、頭は良くないけど運動大好きで毎日のように放課後も友達と遊び家に帰れば 親父と4kmぐらいジョギングしていた。 体力には自信がありマラソン大会では上位だった。 中学に上がった時に部活は『陸上部』に入ると決めた。そこで出会った顧問の先生は見た目にも怖く厳しい熱血な先生で三年間やっていけるか不安だった・・・ 私が通った中学校の陸上部は全国大会で優勝をする有名校で、長距離を希望したが周りにはレベルが高い人ばかりで実力のなさを痛感した・・が 顧問の先生からは『諦めるな!諦めなければ必ず達成出来る!強い意志と強いハートを持て!』と言われ今までではすぐに諦めてしまい次頑張ればいいと自分の中で納得していた。その言葉で変われる気がした!三年生の時には部長を任せられ、責任感ある立場で部員60名を引っ張っていきました。

夢に向かって進学
楽しい部活動も終わり高校進学の時に担任の先生ではなく部活の顧問の先生から『杜若高校文理コース』の先生を呼んであるからと・・・そう大学進学まで考えてくださっており中学3年間過ごし終えた時の夢が『教師』になりたいという気持ちに変わっていた。 高校生の時は勉強・勉強・勉強合宿?逃げ出しそうになったこともあったが友人の支えもあり 遊びに勉強に充実した高校生活を過ごし大学受験にも合格し夢へ一歩前進した。

夢が・・・
親元を離れ東京の大学に進学。地元から出たことのない私にとっては都会での生活にワクワク感もあり、正直嬉しかったのが本音です。 高校生の時は毎日勉強の日々でしたが、大学生になると開放された気分で高校の時に入れなかった 部活に入れるし楽しみが一杯でした。

人生の転機
大学生活がはじまって3ヶ月が経とうとした時に一本の電話が入りました。 母親から『叔母さんが亡くなった』・・・・ 叔母さんにも可愛がられてた私はショックでした。急いで地元に戻りました。 戻って無事葬儀も終えた時に、叔父さんが『戻って来ないか』と一言。 叔父さん・叔母さんは二人三脚で作り上げた会社があり後継ぎがいなく年も当時70歳でしたので後継人としてやってくれないかと言われ迷いました。 お世話になってから何とかして上げたい気持ちと、教師になりたい夢もあり・・・・・ 悩みに悩みました。返事を出さないといけないし・・決断するしかないと・・・ 母親に電話で『地元に戻る』と伝えました。反対されました。このご時世安定した仕事に就くのが一番よと言われましたが、意志は固く戻ることを決意しました。 夢を諦め、叔父さんの会社に大工として入社。地元豊田で45年以上続く工務店で会社には大工さんが3名。 大工さんが毎日手作業で、墨付け・刻み・加工をしていました。木の香り・木を刻む音・大工さんの熱気、それらが私の五感に響いてきました。 入社後は棟梁の弟子として作業をしていましたが何も教えてくれない・・棟梁は、昔人間で『技術は見て盗め』と言わんばかりの感じでした。そこからという毎日毎日技術を身につける日々となりました。

養子に入り、2代目としての準備
入社して2年後が経ちました。社長の叔父から、会社と名前を継いで欲しいと言われました。 名前を変えることに抵抗がありました。今まで21年間あたりまえのように書いていた名前・長男として生まれた私は親の姓を継承していくことが使命だと常に思っていました。 親父も養子に入ることに最初は反対していましたが、会社を背負っていくならと了承してもらい、私は『北村』→『渡邉』となりました。

偽物の自然素材?
先代は長年木へのこだわりが強く、『お客様の一生に一度の家をプロとして一本一本見極めないとあかん』とよく口癖でいわれていました。外観より中身で勝負!中身の構造・柱・土台は変えることが難しいので、一番大事だと感じました。 10年間大工として現場に携わり珪藻土がニセモノ?ということに気付きました。珪藻土は本物ですが、中に入っている成分表をみると『樹脂』と書いてありました。樹脂というのは、接着剤(凝固剤)のことで、要はプラスチックです。 住宅火災が起こったときに、一酸化炭素中毒が死因になるケースが多いことは良くご存知だと思います。その原因は、燃えにくい塩化ビニル製クロスに含有されている樹脂(プラスチック)が不完全燃焼を起こし、発生した一酸化炭素を吸う事で中毒になってしまうのです。 塩化ビニル製クロスにそういう害があることを聞いて、珪藻土を探しても、結局はそこに接着剤として同じ成分が使われている以上、同じことなのです。 実は、プロである住宅会社もホームセンターの珪藻土を多く利用しています。体に悪い塩化ビニル製クロスの代わりに、この接着剤入り珪藻土を使う会社もあれば、『珪藻土は、自分でホームセンターで買って塗れば安く済ませられますので、あえてそうするのがお得ですよ』なんていうセールストークを使う、ハウスメーカーの営業マンがいました。 このような営業マンは、一見親切なことを言っているように聞こえますが、自然素材の知識がある人が聞けば、とんでもないウソになってしまいます。 本当に自然素材を必要としている人がこんなことをすれば、せっかくの家づくりが台無しになってしまうと感じ100%自然素材がないかと長年探し続けました。そしたら・・・・

本物の自然素材を発掘
珊瑚礁の塗り壁!和紙の塗り壁!中身の成分表を見るとボンドには『海藻のり』とあり、これが探し求めてたものだ!とめちゃくちゃ嬉しかった★ これでお客様に安心した家づくりをご提供することができると確信しました! この商材は、特定の工務店さんでしか取扱うことができないといことで取扱えるように交渉し研修にも参加しようやく手に入れることが出来、本物の自然素材で職人の手によってできることに喜びをかんじました。

2代目の決意
社長が『俺が80歳になったら世代交代』と一言。えっ?まだ30歳ですけど・・・ でも、心の奥にはやりたい気持ちと不安で毎日考えることばっかりで落ち着かなかった。 でも、家づくりというのを見つめ直した時に『家族の健康・笑顔・幸せのために』お手伝いすることが使命だと思い、未来の子供たちのために技術や伝統を残していかなければならないと誓った! 私たちの家づくりを信頼して下さるお客様、OB客様、協力業者様本当にありがとうございます。私たちは、地元豊田で、創業者の想いを守った家づくりを生涯全うしていきます。 自然素材健康住宅こそが人間にストレスを与えない家づくりだと私は思います。

00053_R WOOD LIFE Style丸守木材㈱ 代表取締役社長 渡邉芳樹

★ミッション★ 家族の健康・笑顔・幸せのために

1.家づくりは自然素材にこだわり健康で快適な住まいライフを提供する。
2.今まで培った、知識・技術・経験を活かし出会いから始まる関係の全てをサポートし笑顔あふれる住まいライフを提供する。
3.健康的で笑顔あふれる豊かな暮らしを創造し幸せな住まいライフを提供する。

★経営理念★
・私たちの家づくりは、 お客様、協力会社、社員の幸せと喜びを共感し合い、共に繁栄することである。
・私たちの社会貢献は、 積極的に地域の発展に取り組み、信用信頼の健全な会社運営によって納税の義務を果たすことである。
・私たちの環境意識は、 生活、社内、自然、全てがクリーンであり利便性とエコを両立させることである。



 

WOOD LIFE Style 丸守木材株式会社 会社案内

愛知県 WOOD LIFEStyle 丸守木材株式会社の会社案内です。

沿革

1959年11月 初代 渡邉守夫が愛知県豊栄町にて丸守木材 創業 木材販売事業開始   1973年7月 建設業 (建築工事業) 愛知県知事許可取得   1973年7月 資本金1,000万円にて丸守木材株式会社を設立 注文住宅事業開始   1986年9月 資本金1,200万円に増資   2014年5月 WOOD LIFE style屋号を新設   2014年6月 『自然素材の家づくり研究会』に認定   2014年8月 ハウスクリーニング事業部発足   2014年9月 代表取締役会長に渡邉守夫が就任 二代目代表取締役社長に渡邉芳樹が就任。    

昭和34年創業の老舗工務店「WOOD LIFE style 丸守木材」は皆様の笑顔のために頑張ります

豊田市にある老舗工務店「WOOD LIFE style 丸守木材」の家づくりは『家族の健康・笑顔・幸せのために』、自然素材にこだわり、現場で培った知識・技術・経験を活かしたサポートと健康的で笑顔が溢れる豊かな暮らしを創造し幸せな住まいライフをご提供することに努めています。
1959年11月に木材販売から始まった「WOOD LIFE style 丸守木材」は、たくさんの関係者様とお客様に支えられこれからもお客様が笑顔になれる注文住宅をご提供する工務店として一層の努力を重ねて参りますので、末永くよろしくお願い致します。

必読!“無料”小冊子進呈中!

お気軽にお問合せ・ご相談ください!

ページの先頭へ